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東京地方裁判所 平成4年(ワ)13011号 判決 1997年1月31日

原告

荻原ビル有限会社

右代表者取締役

荻原清隆

右訴訟代理人弁護士

中城剛志

被告

李今蘭

右訴訟代理人弁護士

大谷典孝

被告

野沢直哉

右訴訟代理人弁護士

岡田久枝

主文

一  被告李今蘭は原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

二  被告李今蘭は原告に対し、金一八一〇万二一五一円及び平成八年一二月一九日から前項の建物明渡し済みまで一か月金六九万円の割合による金員を支払え。

三  原告の被告李今蘭に対するその余の請求及び被告野沢直哉に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用のうち、被告野沢直哉に生じた費用は原告の負担とし、その余は各自の負担とする。

五  この判決の第一項及び第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  主文第一項と同旨

二  被告らは連帯して金三八九九万〇四五二円及び平成四年六月四日から平成六年一月末日まで一か月金一〇五万八〇〇〇円、同月二月末日から前項の建物明渡し済みまで一か月金一二一万六〇〇〇円の各割合による金員並びに平成四年六月四日から平成八年九月末日までの消費税、被告李今蘭が使用した電気料、水道料等の諸経費合計六〇八万八五一二円(平成八年一〇月二三日付け原告準備書面添付損害金一覧表の合計欄の各該当金額の合計額)を支払え。

第二  事案の概要

一  請求の原因

1  原告は、昭和六三年二月二六日、被告李に対し、原告の所有する別紙物件目録記載の建物(以下「本件店舗」という)を、賃貸期間同年三月一日から九年間、賃料月額四六万円、支払方法は毎月末日限り翌日分振込支払、賃料の支払を二か月分以上怠ったときは催告なしで解除できる、電気料・水道料は同被告負担、との約定で賃貸した(以下、この契約を「本件賃貸借契約」という)。

右契約においては、賃料を三年毎に更新し、更新時に新賃料の一か月分の更新料を支払うこととし、新賃料は前賃料に一五パーセントを加算した金額とし、賃料、電気料、水道料の各支払債務の遅延損害金は一日につき日歩八銭とする特約が交わされた。また、本件店舗明渡義務発生後、明渡しをしないときは、被告李は原告に対し、賃料の倍額に相当する損害金を支払うこととされた。

2  被告野沢は、右同日、原告に対し、被告李の右賃借人としての債務を連帯保証した。

3  本件店舗の賃料は、平成三年三月一日以降、右自動増額条項に基づき、一か月五二万九〇〇〇円に増額された。

4  被告李の平成四年六月三日までの未払の賃料、消費税、電気料、水道料の合計額は、平成七年一一月二〇日付け原告準備書面添付の「損害金等一覧表1」中の「残高合計」欄記載のとおり、一五九六万〇〇二〇円であり、同期間の未払金に対する損害金の合計は二三〇三万〇四三二円であり、それらの合計額は三八九九万〇四五二円である。

被告李は、昭和六三年の賃貸借契約時から平成四年六月三日までの期間に賃料等を支払わなかった月が合計二三か月に及んだ。

5  被告李の右債務不履行は、原告と被告李の信頼関係を破壊する事情に当たる。

6  原告は、平成四年六月三日、内容証明郵便により、被告らに対し、右3の滞納賃料等を二週間以内に支払うよう催告するとともに、右期間内に支払がないときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は同月四日被告らに到達した。

7  仮に右意思表示の時点で契約解除の要件が整っていなかったとしても、被告李は、平成四年六月分から平成五年四月分までの賃料等のうち、契約当初の一か月分の約定賃料にも満たない四三万一〇一三円を四か月分支払ったのみで、少なくとも七か月分の賃料等を一切支払っていない。

8  被告李の右債務不履行は、原告と被告李の信頼関係を破壊する事情に当たる。

9  原告は、平成五年五月一八日に被告らが受領した同日付け準備書面において、右7の賃料等不払を理由に、本件店舗の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

10  平成六年二月末日支払分以降(「平成六年三月一日分以降」の趣旨であり、本件賃貸借契約締結日から六年を経過し、契約解除がなければ二度目の自動増額条項の適用を受けることとなる日)の賃料相当額は一か月六〇万八〇〇〇円である。

11  よって、原告は被告らに対し、次の金員の支払を求める。

(一) 平成四年六月三日までの未払の賃料、消費税、電気料、水道料の合計額である一五九六万〇〇二〇円

(二) 同日までの未払の賃料等に対する損害金の合計額である二三〇三万〇四三二円

(三) 平成四年六月四日から平成六年一月末日まで一か月一〇五万八〇〇〇円、同年二月末日から本件店舗明渡し済みまで一か月一二一万六〇〇〇円の割合による本件店舗使用料相当損害金

(四) 平成四年六月分から平成八年九月分までの消費税、電気料、水道料の諸経費合計六〇八万八五一二円(平成八年一〇月二三日付け原告準備書面添付損害金一覧表記載のとおり)

二  請求原因に対する被告李の認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の事実は否認する。

3  同4及び5の事実は争う。被告李の賃料等の支払が遅滞しているのは、原告が本件店舗について賃貸人としての修繕義務を尽くさず、被告李の賃借店舗の使用が妨げられているため、賃料の一部ないし全部の支払を留保したものである。したがって、被告李の賃料等の支払の遅滞は、原告と被告李の信頼関係を破壊するものではない。

4  同6の事実は争う。原告は明細を明らかにしておらず、金額も本件訴訟提起後の主張と大きく異なっている。

5  同7の事実は認める。

6  同8の主張は争う。

7  同9の事実は認める。

8  同10の事実は否認する。

三  被告李の抗弁

1  原告は、本件店舗の賃貸人としてなすべき修繕義務ないし賃貸物提供義務を怠り、本件店舗ないしこれが存する本件ビルに、水道管からの漏水、冷房用配管の水滴に起因する漏水、地下水槽からの溢水、地下上下水槽の排水ポンプの不良、ビルの管理状況の不備があり、被告李が再三にわたって補修等の要求をしても、その補修をしないか、又は抜本的修繕をしないため、被告李が本件店舗内で飲食店の営業をしていく上での各種のトラブルが発生し、被告李はこれをそのまま放置することができず、自ら修理等の措置を取ってきた。これに要した費用及びこれによる損害は、次のとおり、合計二六四五万三七四二円となっている。これは原告が負担すべきものであり、被告李は原告に対し、右と同額の損害賠償請求権を有する。被告李は、平成五年七月五日に原告が受領した同日付け準備書面により、右損害賠償請求権と原告が請求する未払賃料等の請求権とを対当額をもって相殺する旨の意思表示をした。

(一) 天井からの漏水についての簡単な手直し工事の代金

一万八〇〇〇円

(二) 被告李が漏水事故をエアコンの故障と誤解してエアコンを点検した代金 九万八一二八円

(三) 天井からの漏水事故及びトイレの悪臭等のための店舗の改修工事代金 九〇四万円

(四) 空き巣が入り、鍵を壊したのを修理した代金 八〇〇〇円

(五) 溢水事故による電気系統の故障により、クーラーを修理した費用

九万九〇八六円

(六) 溢水事故による電気系統の故障により、電気コード等購入

二五二四円

(七) 溢水事故により、製氷器を修理 一三万一五〇〇円

(八) 溢水事故によりカラオケセットを修理 一五万一五六〇円

(九) 漏水事故により天井が落下した箇所の修理及び汚れの補修等の代金 九〇万四九四四円

(10) 原告のビルの管理上の不備による被告李の店舗の売上げ減少分

一六〇〇万円

2  右トラブルは、原告の債務不履行に基づくものであり、このような債務不履行のある原告が、被告李の賃料等の不払につき、遅延損害金を請求することは、公平の原則に反し、許されない。

なお、原告は本件賃貸借契約解除後の明渡義務の不履行につき、契約書一六条四項により、従前の賃料の倍額を支払わなければならないとしている。しかし、右約款について、被告李は、契約締結の日に何ら説明を受けておらず、かつ、契約書を受領したとしても、これを読んだり理解する能力はなかったのであるから、原告主張の右契約条項は被告李に対して効力を生じないものというべきである。

3  原告は、本件店舗の賃貸借契約の賃料自動増額条項に基づき、三年の更新時期ごとに従前の賃料に一五パーセント上乗せした金額が新規賃料であると主張する。しかし、原告が自動増額を主張する平成三年三月の時点では、いわゆるバブルの崩壊で地価の下落現象が生じており、賃料増額の要件が存在しない。したがって、契約書に定めた自動増額条項は無効であり、本件店舗の賃料は増額されていない。

4  被告李は、平成元年七月分から、月額四六万円の賃料から二五パーセントを控除した額を賃料として送金しており、そのころ(遅くとも平成元年一〇月二六日までに原告に到達した普通郵便により)、とりあえず賃料を二五パーセント減額する旨の通知をした。これは二五パーセントの賃料の減額の意思表示に当たる。したがって、本件店舗の賃料は、右意思表示の到達時以降(平成元年七月分ないし同年一一月分以降)、月三四万五〇〇〇円に減額された。また、右通知の内容に照らせば、右減額の意思表示到達前に発生した賃料債務については、右通知と同時に、被告李が原告に対して有する修繕義務不履行による損害賠償請求権(少なくとも賃料の二五パーセント)と対当額で相殺する旨の意思表示をしたものと解すべきであり、これにより、従来の賃料債務についても、その二五パーセントは消滅したものというべきである。

5  本件店舗については、被告李が関わる以前に、原告と池内英吉との間で賃貸借契約が締結されており、被告李は、昭和五八年七月ころ、この賃貸借契約に関する権利義務の譲渡を受けた。池内は、右賃貸借契約締結に伴い、二〇〇〇万円の保証金を原告に預託していた。この預託保証金返還請求権は、池内と被告李との右賃貸借契約の譲渡に伴い、被告李に譲渡された。

池内と被告李との右賃貸借契約の譲渡については、昭和六三年二月二六日、原告と被告李との間で本件賃貸借契約が締結されることにより、追認された。右保証金については、池内と原告との賃貸借契約では二〇パーセントの償却が定められ、また、賃貸借契約の譲渡があったときは三〇パーセントが譲渡承諾料にあてられる旨定められている。しかし、原告は、平成八年六月六日付け準備書面において、池内が差し入れた保証金二〇〇〇万円をそのまま被告李の保証金としている旨主張し、原告代表者本人尋問(第二回)においても同趣旨の供述がなされている。とすれば、原告は右償却分及び譲渡承諾料について免除ないし放棄したものと考えられ、被告李は原告に対し、二〇〇〇万円の保証金全額の返還請求権を有していることになる。

そこで、被告李は、仮に本件賃貸借契約に基づく金銭債務が残存しているとすれば、これと右二〇〇〇万円の保証金返還請求権とを対当額において相殺する(平成八年六月六日陳述の同日付け準備書面及び平成八年七月一七日原告に交付された同日付け準備書面において意思表示)。

四  被告野沢の請求原因に対する認否及び抗弁

1  被告野沢は被告李の請求原因に対する認否及び抗弁を援用する。

2  被告野沢が被告李の連帯保証人になった経緯、原告と被告李のトラブル発生の原因、原告のこれに対する対応、原告の本件明渡請求の経緯等にかんがみると、連帯保証人であるという一事をもって被告野沢に本件賃貸借契約上の全ての債務を負担させることは信義に反する。少なくとも、昭和六三年一一月分以降の賃料債務については、原告が被告野沢に対して請求することは許されない。

3  被告野沢は本件賃貸借契約に関し、特別解約権を取得しており、これに基づいて、平成八年三月一三日陳述の同月六日付け被告野沢準備書面において本件連帯保証契約を解約する旨の意思表示をした。

被告野沢が特別解約権を取得した事情は、①本件連帯保証契約は本件賃貸借契約が法定更新される点において実質的に期限の定めのない契約であること、②本件連帯保証契約締結後既に七年半以上の年月が経過していること、③原告と被告李間のトラブルが昭和六三年五月から生じているのに、原告が賃貸人としての義務を果たさないまま被告李に対し賃料等の支払請求を繰り返すのみで、被告李が賃料を支払わないのは明らかであること、④原告の本件紛争に対する態度から原告と被告李の間の紛争が長期化し、激化し、原告の請求額が莫大となったものであり、その主たる原因が原告にあること等により基礎付けられる。

五  被告らの抗弁に対する原告の認否

抗弁事実はいずれも否認し、又は争う。

第三  当裁判所の判断

一  平成四年六月四日到達の意思表示による本件賃貸借契約解除の成否

1  原告の契約解除の意思表示

原告は、平成四年六月三日、被告李に対し、内容証明郵便を差し出しており(翌四日到達)、右内容証明には、昭和六三年五月分から平成四年六月分までの賃料、昭和六三年六月分から平成四年五月分までの電気・水道料の残金二〇七三万九七七一円及び本件賃貸借契約に基づく遅延損害金二三五万八三五一円の支払が滞っており、右合計二三〇九万八一二二円を右内容証明郵便到達後二週間以内に支払うよう求めるとともに、右期間内に支払がないときは本件賃貸借契約を解除する旨の記載がある(甲第二号証の一ないし三)。しかし、右催告書には、賃料、電気料、水道料の内訳の記載はなく、被告李が大谷典孝弁護士を代理人に選任し、右代理人から原告が不払と認識している金額の内訳を明らかにするよう求められても(乙イ第二ないし第五号証の各一)、原告はこれを明らかにしなかったものである。

この点について、原告代理人が本件訴訟提起後に原告代表者の主張するところに基づいて再計算したところによれば、右期間中の賃料(消費税を含む)、電気料及び水道料の不払額は一五九六万〇〇二〇円であるというのであり(平成七年一一月二〇日付け原告準備書面添付一覧表。ただし、訴状では、その額は一六四五万一七八四円とされている)、また、右期間内の本件賃貸借契約に基づく遅延損害金の額は二三〇三万〇四三二円であるというのであり(平成七年一一月二〇日付け原告準備書面添付一覧表。ただし、訴状では、その額は九七五万〇四八一円とされている)、右主張と原告が右内容証明郵便で催告したところとの間の隔たりは余りに大きく、また、右催告には前記のとおり不払部分の特定がされておらず、不払の費目の内訳も不明であり、右催告に従って被告李が不払の事実の点検及び支払の準備をすることはおよそ困難なものであり、果たして原告が賃料等の支払に関し、適正な管理をしていたのかどうか、大いに疑問がある。

しかし、この点は暫く措き、右契約解除の意思表示がされた時点において、被告李に賃料等不払の債務不履行の事実があったかどうかについて、以下に検討する。

2  賃料の自動増額条項の効力

原告は、本件店舗の賃料について、本件賃貸借契約上の賃料の自動増額条項に基づき、平成三年三月分以降一五パーセント増額され、賃料月額が一か月五二万九〇〇〇円となったと主張する。

しかし、本件賃貸借契約において定められたような、賃料を一定年数ごとに定率で自動的に増額する条項は、相手方からそれによるのを不相当とする特別の事情の存在に関する主張、立証のない場合を除き、一定年数経過時に約定どおり賃料を自動的に増額させる趣旨の契約であると解すべきであり、また、その反面として、相手方から、その条項による賃料の増額を不相当とする特別の事情の主張、立証があった場合には、その条項の効力は失われるものと解すべきである。その意味で、この契約条項は、賃料の改定の時期及び改定率に関する主張、立証責任を定率増額を望まない側に転換したものであり、その限度で効力を有するものにすぎないものというべきである。そのように解さず、このような賃料の定率自動増額条項の効力を無制限に認めると、賃料の減額を相当とする事情があり、借主が賃料減額の意思表示をしているにもかかわらず、賃料が一定期間ごとに自動的に増額されるような事態が生じ、賃料を改定しなければ不相当である事情がある場合には一方当事者の賃料改定の意思表示により賃料が改定されるものとされている賃料増減額の仕組みと整合しない。

この見解に基づいて本件の事実関係について見てみると、平成三年ころから平成八年までの東京都内における営業用建物賃料の趨勢は、概ね下降又は横ばいの局面にあったものであり(公知の事実)、また、後記3認定のとおり、昭和六三年五月以降は、むしろ本件店舗の賃料を減額すべき事情があったものであるから、本件においては、賃料の増額を不相当とする特別の事情があったものというべきである。したがって、平成三年三月分以降の本件店舗の賃料について、右自動増額条項に基づき賃料の増額がなされたものと解することはできない。

右のとおりであるから、平成三年三月分から賃料の自動増額条項に基づいて賃料が増額されたとする原告の主張は理由がない。

3  賃料の減額の有無及び賃料債務と修繕義務不履行による損害賠償請求権との相殺の可否

被告李は、平成元年七月ころ、同月分以降の賃料を二五パーセント減額すべき旨の意思表示をしたことによって、本件店舗の賃料は、同月分以降、一か月三四万五〇〇〇円に減額されたと主張するので、まず、この点について判断する。

(一) 被告李は、遅くとも平成元年一〇月二六日までに原告に到達した普通郵便により(原告が被告李代理人大谷弁護士差出しの内容証明郵便を受け取らなかったために、同弁護士が普通郵便で差し出したものである)、本件店舗の賃料が不相応になっており減額が相当であることを示した上、現実に同年八月分以降の賃料について、二五パーセント減額した金額を支払っていることが認められ、右認定事実によれば、被告李は、遅くとも平成元年一〇月内に、同年一一月分以降の本件店舗の賃料を二五パーセント減額すべき旨の意思表示をしたものと認められる(乙イ第二及び第三号証の各一、二)。

(二) 鑑定の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件店舗の入口付近の漏水の原因は、①階段室よりの漏水(防水層の破断、壁面のひび割れ)、②一階店舗の給排水による漏水、③建物全体に降雨時に生じている結露水、④地下遊水室の溢水、⑤受水槽の溢水が単独又は複合することにより生じたものである。

(2) 本件店舗内の台所天井の漏水は、二階ルーフバルコニーの通気ダクトからの雨水であると判明した。店舗内の床については、遊水室の溢水及び水位上昇による床面の結露の可能性が高い。店舗内天井からの漏水については、給排水管等からの漏水の可能性が高い。

(3) 一階玄関付近の漏水は、漏水実験により、玄関庇の防水層の破損によることが確認された。なお、この漏水が一階床を経て地下エレベーター前の天井・床に流入した可能性も高く、また、エレベーターホールの結露を促進している可能性も高い。

(4) 地下一階便所の溢水、悪臭の原因は、地下汚水ピット内排水ポンプの故障又は停電により作動しなかったことによる汚水の溢水が考えられる。また、建物の遊水室に排水ポンプの能力以上の水が流入したことによる溢水の可能性もある。

(5) 本件ビルの管理は、建築後一五年以上を経過したビルが必要とする中長期的な視野に立ったメンテナンスを行ったとはいいがたく、管理上の不備が認められる。

(三)  右認定事実及び被告李本人尋問の結果(第一、第二回)によれば、本件店舗について、原告は、少なくとも昭和六三年五月以降、貸主に求められる管理、修繕の義務を尽くしたものとは認めがたく、これによる本件店舗の使用上の不都合は重大なものがあり、本件店舗は、本件賃貸借契約が想定した通常の賃貸店舗からみて、少なくともその効用の二五パーセントが失われていたものと認めるべきである。

したがって、本件店舗の賃料は、平成元年一〇月内に原告に到達した被告李の意思表示により、同年一一月分以降、約定賃料を二五パーセント減じた額、すなわち、一か月三四万五〇〇〇円に減額されたものと認めるのが相当である。

(四) また、本件店舗には、右賃料減額の意思表示がされる前から右のとおり欠陥があり、被告李本人尋問の結果(第一回)によれば、この欠陥は本件賃貸借契約当時から存在し、本件賃貸借契約締結直後である昭和六三年五月には、被告李の本件店舗の使用に現実の障害をきたす程度となっていたものと認められる。右欠陥は原告の貸主としての修繕義務違反を構成し、被告李の平成元年一〇月内に到達した賃料減額請求の内容証明郵便(乙イ第二ないし第四号証の各一、二)には、その旨を指摘し、賃料不払による遅滞の責めは負わないこと、平成元年七月分から二五パーセント控除した賃料を支払うが、それは右義務違反を免除するものではないことが記載されていること、平成元年九月四日付けの賃料減額の意思表示及び修繕義務違反に基づく請求権と賃料債務を相殺することができるとの被告李代理人の見解を記載した内容証明郵便を原告が受け取らないため、被告李代理人は平成元年一〇月二四日に改めて右内容の書簡を普通郵便に付して送付しており、その中で、既に弁済期日を経過した未払賃料についても二五パーセントの減額を前提とした明細書を作成し、減額された金額の支払を提示していること等の事実に照らせば、右書簡においては、既に発生した損害賠償請求権については、その額が確定される場合には、賃料減額請求の意思表示の到達前に生じた賃料支払債務と対当額で相殺する旨の意思表示を含むものと解される。そして、、右損害賠償請求権の金額は、前記(三)認定の事実によれば、一か月につき賃料の二五パーセントである一一万五〇〇〇円と認めるのが相当であるから、昭和六三年五月分から平成元年一〇月分までの間で二〇七万円に上るものというべきであり(46万円×0.25×18か月)、この金額と右期間中の賃料債務とが対当額で相殺されたことになる。

(五) したがって、原告が被告李に対して請求しうる本件店舗の賃料は、昭和六三年三月及び四月が一か月四六万円、昭和六三年五月以降は一か月三四万五〇〇〇円となるものというべきである。

4  消費税の加算の可否

原告は、平成元年四月から賃料収入に消費税が課せられることになったから、被告李はこれを賃料に上乗せして支払うべきである旨主張する。

しかし、賃料収入に対して課せられる消費税を賃借人に転嫁することができるのは、賃貸人と賃借人との間に右負担の合意が成立した場合に限られる(例えば、商品の売買において、消費者が消費税を支払っているのは、販売者の消費税転嫁の申し入れを消費者が黙示的に受け入れていることに基づいている)。本件においては、平成元年四月当時、原告と被告李との間には、既に本件建物の修繕をめぐって対立があり、賃貸人と賃借人の間の円滑な会話を欠いていた状況にあったものであるから、消費税の転嫁に関する右合意は成立していなかったことが明らかである。したがって、原告の消費税の請求は理由がない。

5  電気・水道料

本件賃貸借契約が開始された昭和六三年三月一日から原告による契約解除の意思表示の日である平成四年六月四日までの間に、原告が被告李のために負担した電気料は四二二万二七七九円、水道料は八二万六二四三円であり、両者の合計額は五〇四万九〇二二円であったと認められる(弁論の全趣旨。内訳は平成八年五月一五日付け原告準備書面添付の未払賃料等一覧表記載のとおり)。

6  未払賃料等の額

右2ないし5認定の事実に基づいて、本件賃貸借契約が開始された昭和六三年三月一日から原告が被告李に支払を催告した平成四年六月三日までの賃料及び電気・水道料を算定すると、次の(一)ないし(三)のとおり、合計二二九二万〇〇二二円となる。

(一) 昭和六三年三月分及び四月分 一か月四六万円の割合による二か月分 合計九二万円

(二) 昭和六三年五月分から平成四年五月分まで及び平成四年六月分のうちの四日分 一か月三四万五〇〇〇円の割合による四九月及び四日分

合計一六九五万一〇〇〇円

(三) 電気・水道料

合計五〇四万九〇二二円

7  被告李が支払った金額及び未払賃料等の額

これに対して、被告李が同日までに支払った賃料等の額は、乙イ第一号証の一ないし四一及び弁論の全趣旨によれば、合計二一九〇万九三六七円であると認められる。したがって、被告李には、右催告を受けた当時、一〇一万〇六五五円の賃料の未払があったものと認められる。

8  契約解除の成否

この支払遅滞賃料等の額は、当初の約定賃料一か月四六万円の三か月分に満たないことはもとより、減額された一か月三四万五〇〇〇円の賃料と対比しても三か月分に満たないものであり、また、被告李がこのように賃料の一部について支払を遅滞したのは、原告が前記のとおり修繕義務を尽くさなかったことによるものといえる。

被告李の賃料の支払遅滞の額及び遅滞の理由が右認定のとおりである本件においては、原告の右契約解除の意思表示は、その効力を生じないものというべきである。

二  平成五年五月一八日到達の意思表示による本件賃貸借契約解除の成否

1  原告の契約解除の意思表示

原告が、平成五年五月一八日付け準備書面において、「被告李は、平成四年六月分から平成五年四月分までの賃料等のうち、契約当初の一か月分の約定賃料にも満たない四三万一〇一三円を四か月分払ったのみで、少なくとも七か月分の賃料等を一切支払っていない」との理由により、本件店舗の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと及び被告李が右準備書面を平成五年五月一八日に受領したことは、当事者間に争いがない。

2  支払うべき賃料の増加額

平成四年六月五日から原告が右1の契約解除の意思表示をする平成五年五月一八日までの間に、被告李は、本件店舗の賃料として、次のとおり、合計三九五万六〇〇〇円を支払うべき義務があったものと認められる(前記一の3認定の事実)。

平成四年六月五日から平成五年五月四日までの一一か月分として、一か月につき三四万五〇〇〇円の割合による金員(三七九万五〇〇〇円)及び同月五日から同月一八日までの一四日分として、一か月三四万五〇〇〇円の三〇分の一四の金員(一六万一〇〇〇円)

3  電気・水道料の増加額

平成四年六月五日から原告が右1の契約解除の意思表示をする平成五年五月一八日までの間に、被告李は、電金料として七八万一七七八円、水道料として一八万七〇三〇円、以上合計九六万八八〇八円を支払うべき義務があったものと認められる(弁論の全趣旨。内訳は平成八年一〇月二三日付け原告準備書面添付の損害金一覧表記載のとおり)。

4  被告李がその後支払った金額

平成四年六月五日から原告が右1の契約解除の意思表示をする平成五年五月一八日までの間に、被告李は、本件建物の賃料等として、合計一七二万四〇五二円を支払ったことが認められる(四三万一〇一三円ずつ四回支払。乙イ第一号証の四二ないし四五)。

5  未払賃料等増加額

右1ないし4によれば、平成四年六月五日から原告が右1の契約解除の意思表示をする平成五年五月一八日までの間に、増加した賃料、電気・水道料の未払額は、合計三二〇万〇七五六円であると認められる。

6  契約解除の成否

右のとおり、平成四年六月五日から契約解除の意思表示の日である平成五年五月一八日までの間に未払賃料等の額が三二〇万〇七五六円増加しており、右増加額は当初の約定賃料一か月四六万円の六・九か月分(減額された賃料月額三四万五〇〇〇円の九・二か月分)であること、右の間に賃料支払期日は一一回あったが、被告李はそのうち四回しか支払をしていないこと、本件賃貸借契約締結当初からの未払賃料等の額は四二一万一四一一円(一〇一万〇六五五円+三二〇万〇七五六円)になり、これは当初の約定賃料一か月四六万円の九か月分に当たることに照らせば、右賃料支払の遅滞は、そのきっかけが原告の修繕義務の不履行にあったとはいえ、信頼関係を破壊するものといわざるをえない。

したがって、本件賃貸借契約は、平成五年五月一八日限り解除されたものというべきである。

三  被告李が支払うべき賃料、損害金、電気・水道料等の額

1  契約解除時までの未払の賃料及び電気・水道料の額

昭和六三年三月一日に本件賃貸借契約が締結された後、平成五年五月一八日にこれが解除されるまでの間における未払の賃料及び電気・水道料の合計額は、四二一万一四一一円(一〇一万〇六五五円+三二〇万〇七五六円)である。

2  契約解除の日の翌日以降の明渡遅滞による約定損害金の額

本件賃貸借契約によれば、契約解除後の明渡遅滞による損害金の額につき、約定賃料額の二倍にするとの約定があることが認められるから、本件店舗明渡しの遅滞により、被告李が原告に支払うべき約定損害金の額は、一か月につき六九万円(三四万五〇〇〇円×二)である。被告李は、日本語を読むことができなかったことを理由に右約定の効力を否定するが、被告野沢本人尋問の結果(第二回)によれば、被告李は被告野沢の補助を得て本件賃貸借契約を締結していることが認められるから、被告李の右主張は理由がない。

3  賃料等支払遅滞による日歩八銭の割合による遅延損害金の請求の可否

本件賃貸借契約によれば、賃料等の支払が遅滞した場合には、被告李は原告に対し、日歩八銭の遅延損害金を支払うものとされている。しかし、平成五年五月一八日の本件賃貸借契約の解除時までの賃料等の支払の遅滞は、主として原告の修繕義務の不履行に端を発したものである。しかも、右遅延損害金約定によれば、原告は契約解除後にも継続して日歩八銭の遅延損害金を徴収できることとされているが、本件賃貸借契約が解除された後については、被告李は原告に対し賃料相当損害金の二倍の額の約定損害金を支払うとの約定があることを考えると、右遅延損害金支払の約定は、賃借人である被告李にとって著しく不利益であるといわなければならない。これらの事実を総合すると、本件においては、信義則上原告が被告李に対して日歩八銭の約定遅延損害金の請求権を行使することは、許されないものというべきである。

4  修繕義務不履行による損害賠償請求権との相殺の可否

原告が賃貸人としての修繕義務を尽くさなかったことは前記一の3認定のとおりであるが、これによる損害賠償請求権に相当する額については、既に毎月の賃料額から控除しているのであり、これを超えて被告李が損害賠償請求権を取得するものではない。

5  保証金返還請求権との相殺

(一) <書証番号略>及び被告ら本人尋問の結果(各第二回)によれば、次の事実を認めることができる。

本件店舗については、被告李が関わる以前に、原告と池内英吉との間で賃貸借契約が締結されており、被告李は、昭和五八年七月ころ、この賃貸借契約に関する権利義務の譲渡を受けた。池内は、右賃貸借契約締結に伴い、二〇〇〇万円の保証金を原告に預託していた。この預託保証金返還請求権は、池内と被告李との右賃貸借契約の譲渡に伴い、被告李に譲渡された。

(二) 原告代表者はその本人尋問(第二回)において、池内が差し入れた右二〇〇〇万円の保証金は、原告と被告李が本件賃貸借契約を締結した際に、被告李の保証金に充当する旨合意されたと供述し、その裏付けとして、甲第二〇号証の念書を提出している。しかし、右念書は、原告と被告野沢の間で作成されたものであり、この点がまず不可解である。原告代表者はその本人尋問(第二回)において、被告野沢が賃貸借契約の当事者であると考えており、被告野沢から未払の賃料及び電気・水道料として二一〇〇万円を受け取ったかのような供述をするが、乙イ第三四号証の一ないし三によれば、被告李は、池内が賃借人であった当時の未払の賃料及び損害金として一五〇〇万円、同電気・水道料として六〇〇万円、被告李の本件賃貸借契約の保証金として二〇〇〇万円を原告に支払った証として、原告の自筆により「李様」と記載された被告李あての右同額の領収書三通(合計四一〇〇万円)を原告から受け取っており、このことに照らすと、右念書の作成者が被告野沢であることは、いよいよ不可解となる。

原告が池内との間で取り交わした賃貸借契約書(乙イ第三一号証)によれば、保証金については、池内と原告との賃貸借契約では二〇パーセントの償却が定められ、また、賃貸借契約の譲渡があったときは三〇パーセントが譲渡承諾料にあてられる旨定められている。しかし、原告は、平成八年六月六日付け準備書面において、池内が差し入れた保証金二〇〇〇万円をそのまま被告李の保証金としている旨主張し、原告代表者はその本人尋問(第二回)において同趣旨の供述をしており、甲第二〇号証の念書の記載もそのことを前提としている。そうすると、原告は、被告李との間で、自ら定められた賃貸借契約書の条項よりもはるかに(一〇〇〇万円分)不利な合意をしたことになるが、それは賃貸を業とする原告の行動としては不可解であり、その後の本件紛争の経緯をみても、原告が被告李にそのような寛大な措置を取ったとすれば不可解というほかない。

これらの事実に照らせば、右念書は、原告主張のような趣旨で作成されたものではなく、被告野沢がその本人尋問(第二回)において供述するように、池内との紛議が生じた場合には被告野沢が処理するとの趣旨を表すものに留まるものと見るのが自然である。

(三) 池内と被告李との間の本件店舗の賃借権の譲渡については、昭和六三年二月二六日、原告と被告李との間で本件賃貸借契約が締結されることにより、追認されたものである(弁論の全趣旨)が、右保証金については、池内と原告との賃貸借契約では二〇パーセントの償却が定められ、また、賃貸借契約の譲渡があったときは三〇パーセントが譲渡承諾料にあてられる旨定められている。しかし、原告は、平成八年六月六日付け準備書面において、池内が差し入れた保証金二〇〇〇万円をそのまま被告李の保証金としている旨主張し、原告代表者本人尋問(第二回)においても同趣旨の供述がなされている。

とすれば、原告は右償却分及び譲渡承諾料分を保証金から控除する権利を放棄したものというべきであり(法廷においてまで右のような供述をした原告代表者が、いまさら、右償却分及び譲渡承諾料分の控除の主張をするのは、信義に反する)、被告李は原告に対し、二〇〇〇万円の保証金全額の返還請求権を有していることになる。

(四) 被告李は、仮に本件賃貸借契約に基づく同被告の金銭債務が残存しているとすれば、これと右二〇〇〇万円の保証金返還請求権とを対当額において相殺する旨の意思表示をしている(平成八年六月六日陳述の同日付け準備書面及び平成八年七月一七日原告に交付された同日付け準備書面において意思表示)。

(五) 右二〇〇〇万円の保証金返還請求権と被告李の本件賃貸借契約に係る債務を相殺した場合の被告李の残債務は、次のとおりである。

① 一三八八万一四一一円(解除の日までの未払の賃料及び電気・水道料四二一万一四一一円並びに解除の日の翌日である平成五年五月一九日から平成八年一二月一八日までの四三か月分の約定損害金二九六七万円の合計三三八八万一四一一円と、右二〇〇〇万円の保証金とを対当額で相殺したことによる未払約定損害金の額)

② 平成八年一二月一九日から本件店舗明渡し済みまで一か月六九万円の割合による約定損害金

③ 解除の日の翌日から平成八年九月末日までの未払電気料三五一万一〇〇三円(平成八年一〇月二三日付け原告準備書面添付の一覧表の電気料合計額である四二九万二七八一円から、平成五年五月分までの電気料七八万一七七八円を控除した額)及び未払水道料七〇万九七三七円(平成八年一〇月二三日付け原告準備書面添付の一覧表の水道料合計額である八九万六七六七円から、平成五年五月分までの水道料一八万七〇三〇円を控除した額)

以上の①②③の合計すると、被告李は原告に対し、平成八年一二月一八日までの未払の約定損害金及び平成八年九月末日までの未払の電気・水道料の合計額一八一〇万二一五一円並びに平成八年一二月一九日から本件店舗明渡し済みまで一か月六九万円の割合による約定損害金を支払うべきことになる。

四  被告野沢主張の特別解約権について

1 被告野沢は、被告李が本件店舗において営業する飲食店の顧客であり、被告李の日本語が十分でないことから、被告李に頼まれて原告と同被告の本件賃貸借契約の締結に立ち会い、連帯保証人になったものである。その当時、被告李は、保証金二〇〇〇万円及び池内が賃借人であった当時の未払の賃料及び電気・水道料合計二一〇〇万円を原告に支払って本件店舗を借り受けたのであり、その際、原告は被告李の要請に応じて本件店舗の水漏れ等の修繕を約したのであり、被告野沢は、これを確認して、本件店舗の賃貸借契約が正常なものになると信じて右のとおり連帯保証人になったものである(被告ら各本人尋問の結果)。ところが、前認定のとおり、原告は本件賃貸借契約締結の直後から、被告李からの本件店舗の修繕に誠実な対応をせず、これが本件紛争につながっていったものである。

2 被告野沢が特別解約権を行使した平成八年三月六日の時点において、被告李の賃料等不払は、最終支払日である平成五年二月一五日から約三年に及んでおり、本件賃貸借契約が解除された平成五年五月一八日からでも二年九月に及んでいる。原告が被告李に対し、本件店舗の明渡しを求める本件訴訟を提起した後、その請求権の有無についての審理に著しい長期間を要したのは、原告の賃貸人としての誠意を欠く態度に起因するところが大きい。すなわち、前記認定のとおり、原告は、本件店舗の修繕義務を尽くさず、そのことについての指摘を被告李から受けても、徒らにこれを否認し、当裁判所の鑑定の結果により原告の本件ビルの管理が悪いことを指摘されても、なおそれを受け入れずに争ってきたものであり、また、原告は訴訟代理人により本件訴訟を提起する以前には、電気料、水道料等の請求明細もはっきりさせず、被告李代理人からの内容証明郵便の受取りを拒むなどの不信義な態度を取り、さらに、二〇〇〇万円の保証金についても、これは被告李が現在差入れ中の保証金にあてられているとして返還を拒絶するなどの不信義な態度を取ってきたものであり、原告のこのような姿勢により、事案の解明に著しい長期間を要したものである。

3 このような原告の姿勢による原告と被告李との間の本件店舗の明渡しをめぐる紛争の長期化は、被告野沢の予期しないところであり、右1のような事情から被告李の連帯保証人となった被告野沢に対し、平成八年三月六日以降になっても、なお被告李の明渡しの遅滞による責めを負わせるのは酷に失し、正義の観念に反する。したがって、被告野沢については、信義則上、右の時点で解約を認め、被告李の連帯保証人としての地位からの離脱を認めるべきものである。

4  右時点までの被告李の本件店舗の賃料等の不払の額は、被告李が原告に差し入れた保証金二〇〇〇万円をもって充てれば優にまかなえる金額であり、被告野沢は、右1認定のとおり、右保証金の存在を前提として連帯保証人となったものであるから、被告野沢に、被告李の賃料等の不払の額の負担を命ずるのは信義則上適当でない。したがって、原告の被告野沢に対する請求は理由がない。

五  結論

以上のとおり、原告の被告李に対する請求は、本件店舗の明渡しと平成八年一二月一八日までの未払の約定損害金及び平成八年九月末日までの未払の電気・水道料の合計額一八一〇万二一五一円並びに平成八年一二月一九日から本件店舗明渡し済みまで一か月六九万円の割合による約定損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、原告の被告野沢に対する請求は理由がないから棄却し、訴訟費用については、前認定の事実を考慮して主文第四項のとおり定めることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官園尾隆司)

別紙<省略>

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